「春の野原
泡菜 食譜を君が一人で歩いているとね、向うからビロードみないな毛並みの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんかって言うんだ。そして君と子熊で抱きあってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ」
「すごく素敵」
「それくらい君のことが好きだ」
緑は僕の胸にしっかり抱きついた。「最高」と彼女は言った。「そんなに好きなら私の言うことなんでも聞いてくれるわよね怒らないわよね」
「もちろん」
「それで、私のことずっと大事にしてくれるわよね」
「もちろん」と僕は言った。そして彼女の短い小さな男の子のような髪を撫でた。「大丈夫、心配ないよ。何もかもうまくいくさ」
「でも怖
泡菜 食譜いのよ、私」と緑は言った。
僕は彼女の肩をそっと抱いていたが、そのうちに肩が規則的に上下しはじめ、寝息も聞こえてきたので、静かに緑のベッドを抜け出し、台所に行ってビールを一本飲んだ。まったく眠くはなかったので何か本でも読もうと思ったが、見まわしたところ本らしきものは一冊として見あたらなかった。緑の部屋に行って本棚の本を何か借りようかとも思ったがばたばたとして彼女を起こしたくなかったのでやめた。
しばらくぼんやりとビールを飲んでいるうちに、そうだ、ここは書店なのだ、と僕は思った。僕は下に下りて店の電灯を点け、文庫本の棚を探してみた。読みたいと思うようなものは少なく、その大半は既に読んだことのあるものだった。しかしとにかく何か読むものは必要だったので、長いあいだ売れ残っていたらしく背表紙の変色したヘルマンヘッセの車輪の下を選び、その分の金をレジスターのわきに置いた。少くともこれで小林書店の在庫は少し減ったことになる。
僕はビールを飲みながら、台所のテーブルに向って車輪の下を読みつづけた。最初に車輪の下を読んだのは中学校に入った年だった。そしてそれから八年後に、僕は女の子の家の台所で真夜中に死んだ父親の着ていたサイズの小さいパジャマを着て同じ本を読んでいるわけだ。なんだか不思議なものだなと僕は思った。もしこういう状況に置かれなかったら、僕は車輪の下なんてまず読みかえさなかっただろう。
でも車輪の下はいささか古臭いところはあるにせよ、悪くない小説だった。僕はしんとしずまりかえった深夜の台所で、けっこう楽しくその小説を一行一行ゆっくりと読みつづけた。棚にはほこりをかぶったブラディーが一本あったので、それを少しコーヒーカップに注いで飲んだ。ブラディーは体を温めてくれたが、眠気の方はさっぱり訪ねてはくれなかった。
三時前にそっと緑の様子を見に行ってみたが、彼女はずいぶん疲れていたらしくぐっすりと眠りこんでいた。窓の外に立った商店街の街灯の光が部屋の中を月光のようにほんのりと白く照らしていて、その光に背を向けるような格好で彼女は眠っていた。緑の体はまるで凍りついたみたいに身じろぎひとつしなかった。耳を近づけると寝息が聞こえるだけだった。父親そっくりの眠り方だなと僕
泡菜 食譜は思った。