江戸の米問屋加賀屋の娘お園は、越後屋の次男坊仙太郎と祝言を挙げ、仙太郎は加賀屋の入婿に納まった。染まぬ縁に隠れて涙を流す日々のお園だったが、年月と共に諦めが付いて、加賀屋の跡取りとしての自覚も芽生えていたが、仙太郎は商売など何処吹く風で放蕩に明け暮れた。そのうえ、従来から居る使用人を、一人、二人と難癖をつけては追い出し、親元越後屋の使用人を呼び寄せた。挙句は、越後屋の圧力を持って加賀屋の旦那夫婦を隠居させてボロ家に住まわせ、店の実権を我が物にしてしまった。無理矢理に隠居させられた加賀屋は、落胆のあまりに床に就いてしまった。最後に残った耕助はお園を護るべく、頑なに店に残った。仙太郎や使用人たちの嫌がらせを受ける耕助だったが、今度はお園が陰になり、日向になり耕助
雋景を護った。
それも一年が限界だった。 耕助の些細なしくじりを咎められ、耕助もまたお払い箱になった。泣いて見送るお園に、耕助は言った。
「兄を頼って上方へ行きます」
言い残して旅立ったが、途中で気懸りな隠居夫婦に会っていった。
「お園が来て面倒をみてくれるので、私たちは大丈夫」
隠居夫婦は笑って言ったが、どこか寂しげで
雋景 あった。
耕助は、上方の浪花屋の店先に立っていた。
「勘助兄さんに、弟の耕助が江戸から来たと伝えて下さい」
丁稚らしき少年に声を掛けた。
「お待ちください」
暖簾を潜って奥に入ると、勘助が飛び出して来た。
「耕助、耕助なのか? あゝ、耕助だ。逢いたかった」
勘助は、耕助に抱きついた。
「旦那さまと奥さまはお達者か? お園さんはどうして居なさる」
矢継ぎ早に問いかける勘助に、耕助は一部始終を告げた。勘助は泣いた。芯の強い兄の、どこにこんな涙が潜んでいたのかと思う程であった。
「初めてお目にかかります、勘助の女房琴音です」
さらに、旦那さん夫婦が挨拶にでて来た。
「浪花屋の主人だす。耕助さんは勘助さんにそっくりだすなあ」
「あなた、そんな暢気な挨拶を交わしている場合じゃありまへんで」
お家は、先ほどから耕助が上方へ来たいきさつを聞いていた。そのお家から、旦那もすっかり話を聞いた。
「越後屋が汚い商売をすることは噂に聞いて知っとりましたが、お店の乗っ取りまでしているのかいな」
浪花屋の旦那さんは、呆れた風であった。
「勘助、行っておいなはれ江
雋景戸へ」
お前も浪花屋の跡取りだ。浪花屋の名前を出しても良い。資金は私が出すから、加賀屋を再建して来なさいと、数日間耕助を休ませたのち、旦那さまは手渡した。
「これは、とりあえずの路銀だす。勘助から預かっていた二十両と、わたしから八十両を足して百両入っています。加賀屋さんの真似ですが、書付も入れときましたよ」
あとは、必要に応じて両替屋(今の銀行)に振込みますと、快く送り出してくれた。
「あなた、わたしは道中足手まといになったらいけないので、後から連れの者達と追いかけます」
琴音は、遊山の旅のように浮かれていた。初めて見るお江戸の町に、心を捉われているようすだった。