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すべてを転々と

の頃あんま



 必死でした。朝の7時18分ごろスクールバスに乗ってから夜8時20分ぐらい家に帰って来るまでずっと勉強していました。毎朝6時20分ごろ起きて朝の勤行をして顔を洗って歯を磨いて朝ごはんを口の中に頬張ってバス停へと走っていっていました。学校では内職ばかりしていました。先生の話を聞くよりも内職をする方が能率が上がSCOTT 咖啡機ったからです。

 学校が終わって夕方、学校帰りの途中の県立図書館で閉館の7時50分まで懸命に勉強していました。そして帰りのバスの中でも本を広げて勉強していました。歩きながらでも頭の中で物理の問題を解いたり、歴史を思い出したりしていました。

 夜、帰って来ると、夜ごはん食べてお風呂に入ってそして勤行もして寝ていました。高二の頃(そして高三の夏ごろまで)朝晩の勤行はSCOTT 咖啡機開箱欠かさずやっていましたが題目は一日一時間ぐらいだったと思います。

 僕は今からまたワープロを使い始めた。2、3年前によく使っていたその頃のローンで18万円近くした通信販売で買ったキャノワード360をまた使い始めた。僕はこのために文学に凝りすぎて学3から学4に進むときの試験に落ちたのだけど。もしそり文学に凝ってなくて真面目に勉強してたら留年はうまく行ったら2年で終わっていたのに。もう留年は5年目を迎えている。教養のとき、学一のときの留年だけで済んで、もうとっくに医者になっていた可能性がとても高いけれど、でもそのために僕の文学が確立されたと思うと(親への強い罪悪感や自分の自殺直前の苦しみがあるけれど)却って感謝しなけれいけないのかもしれないと思う。

 今日、学生部の大きな会合に行って夜の9時ごろ帰ってきた。信心をやめようかどうしようかとフラフラと迷っていた僕の心もどんどんと会合に出る度に『やっぱり一生創価学会に付いてゆこう。創価学会が正しいようだから。創価学会こそ不幸な人を本当に救ってゆけると思うから。たしかに創価学会の信心をして分裂病になったり不幸に見舞われたりして却って不幸になったように思える人もたくさんいるけれど、三世の生命感に立てばそれは過去や一家の罪業消滅のためであって、本物の信心だから三障四魔が競い起こるんだ、悪魔がその人やその一家の人々を成仏させるまいと、そして広宣流布させるまいと、一生懸命になってるから(悪霊にとってその人やその一家の人々が成仏すると憑渭できなくなるから。憑渭できないとその悪霊はとても苦しむことになるから)そうなるんだ、と僕はいろんな邪宗教を廻って来てそう確信している。まだ僕にはたしかにこの信心に対する確信が薄いかもしれない。でもこの信心こそ本物のようだと思っている。そう思っているのにノホホンとテレビを見たりしていては卑怯だと思う。ポルノビデオを借りて来てダビングしたりすることなんて自分の快楽しか考えないとても卑怯なことだと思う。
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