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スとともにとどまって

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スとともにとどまって


 かれはもったいぶった一礼とともにジョッキを受けとり、「それは危険をもたらす話のひとつでね、マダム?ポル」と説明した。ビールを大きくあおってジョッキをわきに置くと、老人はしばし考えこむように顔を伏せ、やがてまっすぐ――それとも、そう思えただけなのか――ガリオンを見つめた。それからかれは妙なことをした。ファルドーの大食堂で話をするときにそんなことをするのははじめてだった。マントをかきあわせ、すっくと立ちあがったのだ。
「見よ」語り部の声が豊かに響きわたった。「神々が世界と海と乾いた土地をつくりたもうた黎明期を。かれらは夜空に星をちりばめ、世界に光を与えるため、天に太陽と、その妻である月を配した。
 そして神々は大地に獣を、海に魚を、空に鳥を生ぜしめた。
 人間をも造り、いくつかの民に分けられた。
 神々は七人で、みな平等であり、その名をベラー、チャルダン、ネドラ、イサ、マラ、アルダー、トラクといった」
 もちろんガリオンはその物語を知っていた。センダリアのその地方の者はみなそれを知っている。アローンの起源にまつわる話だし、センダリアの三方の土地はアローン王国だからだ。だが、なじみ深い物語であるにもかかわらず、そういうふうに語られるのを聞くのははじめてだった。世界が最初に創造されたころのおぼろげな暗闇の時代に、神々が世界を闊歩するさまを想像して、ガリオンは胸を高鳴らせ、禁じられたトラクの名が出るたびに肝をひやした。
 神々のひとりひとりがどのように民を選んだか、語り部の説明にかれはじっと聴きいった――ベラーはアローン人を、イサはニーサ人を、チャルダンはアレンド人、ネドラはトルネドラ人、マラはもはや存在しないマラグ人、そしてトラクはアンガラク人を。ガリオンは、神アルダーが一人離れて暮らし、孤独にまかせて星を研究し、ごくひと握りの者だけを弟子として受け入れたことを知った。

 かれは話に聴き入る人々のようすをちらりと盗み見た。ひとことも聞きもらすまいと、みんな夢中だった。ダーニクは目を丸くしているし、クラルトじいさんは両手をテーブルの上でしっかり握りあわせている。ファルドーは心もち青ざめて目に涙をうかべていた。ポルおばさんは部屋の後方に立っていた。寒くなかったが、おばさんも身体にマントをまきつけて、真剣な目つきをして、妙にまっすぐ立っていた。
 語り部の話はつづいた。「神アルダーは球形の宝石を作ることになった。するとどうだ、北の空できらめくある星の光がその宝石の中に封じこめられた。そして〈アルダーの珠〉と呼ばれるその宝石には偉大な魔法の力がそなわった。なぜなら〈珠〉によってアルダーは過去と未来を見ることができたからだ」
 その話にすっかり心を奪われていたガリオンは、自分が息をつめているのに気づいた。トラクが〈珠〉を盗み、他の神々がかれと戦ったくだりをガリオンは驚嘆して聞いた。トラクは〈珠〉を利用して大地を裂き、陸を海水で水びたしにしたが、かれの悪業はそこまでだった。〈珠〉が悪用に反撃し、トラクの顔の左側をとかし、左手と左目を焼き尽した。
 老人は一息ついてジョッキをからにした。ポルおばさんがあいかわらずマントをかきあわせたまま、ジョッキをもうひとつ運んできた。その動作はどことなく威厳にあふれ、目は輝いていた。
「この物語がこういうふうに語られるのははじめて聞いた」とダーニクが低い声で言った。
「これは『アローンの書《*》』だ。王様たちの前だけで話されるのだよ」クラルトが同じく声をひそめて言った。「かつてセンダーの宮廷でそれを聞いた男を知っとった。かれはその一部をおぼえていたよ。しかし全部を聞いたことは一度もない」
[#ここから3字下げ、折り返して4字下げ]
*この物語より短い浅薄な類似版はいくつか存在し、それらはこのプロローグに使われている改作に似ていた。『アローンの書』ですら、もっと大昔の書物の抄録だといわれる。
[#ここで字下げ終わり]

 物語はつづき、魔術師のベルガラスが二千年後にチェレクとその三人の息子を率いて〈珠〉を奪還し、西の国々が建設されてトラクの軍勢にそなえたいきさつが詳細に語られた。神々は〈風の島〉の要塞にたてこもるリヴァを〈珠〉の番人に残して世界から姿を消し、リヴァは巨大な剣をつくってそのつかに〈珠〉をはめこんだ。〈珠〉がそこにあり、リヴァの子孫が王座にすわりつづけるかぎり、トラクに勝ちめはなかった。
 次にベルガラスはかわいがっている娘を王たちの母とすべくリヴァのもとに送り、魔術師のしるしを持つもうひとりの娘はベルガラ、魔術を学んだ。
 昔話が終わりに近づくにつれて、老語り部の声はたいそう低くなった。「そしてかれらベルガラスと娘の女魔術師ポルガラは、トラクの逆襲を見張る魔法を二人のあいだで取り決めた。たとえ死の床で襲来の日を迎えようとも、かれらはトラクをはばむだろうと一部では言われている。それというのも、いつか傷ついたトラクがわが身を犠牲にして手に入れた〈珠〉を取り返しに西の王国を攻撃すると予言されており、世界の運命はトラクとリヴァの子孫との戦いにかかっているからだ」
 老人はそこまでしゃべると黙りこんでマントが肩からずりおちるにまかせ、物語が終わったことを態度で示した。
 大食堂をひとしきり静寂が支配した。それを破るのは消えかけた暖炉の火が数回力なくパチパチと立てる音と、外の夏の暗闇で聞こえるカエルやコオロギのはてしない歌だけだった。
 ようやくファルドーが咳払いとともに立ちあがり、椅子が木の床の上で大きくきしんだ。
「ご老人、今夜はすばらしい思いをさせてもらったよ」かれの声は感動のあまりくぐもっていた。「われわれには死ぬまで忘れられない出来事だ。あんたが話してくれたのは王だけが聞ける物語だ。凡人がおいそれと聞けるものではない」
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